新宿スタンド蕎麦屋「一茶」を知ってるか

 夜の新宿駅周辺をフラフラしているうち、腹が減ってきたので、久しぶりに思い出横丁の「かめや」で天玉せいろを食べようと向かった。言ってなかったけど、僕はラーメンにハマる前は、蕎麦スタンドマニアでもあり、多くのチェーン蕎麦屋めぐりに時間と足を費やしていた過去がある。

 

 思い出横丁には、かつてもうひとつスタンド蕎麦屋があって、実はそっちの方が好きだった。「―茶」という店で、今では質屋の大黒屋があるところだ。

 その店を知ったのはラジオだった。当時、実家暮らしだったのだが、母親の趣味で、朝はTBSラジオが流れており「森本毅郎スタンバイ」のなかで、コメンテーターのひとりが隠れた名店蕎麦屋としてあげていた。めっちゃ駅前の人通りの多いところで何が隠れた」だよと、今の僕の卓越したセンスならツッコメそうなのだが、あの頃は純粋無垢な新人サラリーマンでしかなく、新宿なら会社帰りで近いから、ちょうどええわとマニアのはしくれとして行ったのだ。

「―茶」の売りは天ぷら蕎麦だった。天ぷらは海老と穴子の2種類。なにぶん10年ぐらい前の話だから、あいまいなのだが確か620~660円と少し高めだったと思う。しかし他店と違うのは「注文を受けてから揚げる」ということを、その手の店にしては珍しく徹底していたことで、蕎麦自体は、あの手の店にありがちな5割そばで、つゆ・麺ともに正直いって普通でしかなかったんだけど、アツアツの天ぷらを食べられるということ、あと店主のおやじの元気な声が、ちょっと好きで通っていた。土日のヒマなときから、会社で酔いつぶれそうになってフラフラになりながら、終電前にかけこんだり何気に重宝していた。

 正直、名店ってほどじゃなかった、とは思うのだが、揚げたてにこだわってる蕎麦スタンド店どころか、それこそ「はなまるうどん」みたいな全国チェーンを含めても、あそこ以外ないし、やっぱりちょっと面白い店だったなあと、この辺を通るたびに思い出す。

 

 思い出話を語っておいてなんだが、なんでなくなっちゃったかはわからない。客の入りはいつ行っても悪くなかったはずなんだが。前に、思い出横丁飲んだ知らないおっさん(あのへんの店では、客同士の席の感覚が恐ろしく狭いので、酔っ払いのおっさんと仲良くなることが多い)からは「区画整理らしい」とか「おっさんが地元に帰りたくなった」とか「実は(経営が)ギリギリだった」とか色々、噂はきいたけど。

 かといって思い出横丁の他の店長に聞いたところで、そのほとんどは中国人の雇われ店長なので「ワカンナイネー!」で終了させられてしまう気がする。

 

 そうそう。「かめや」って、そもそも「一茶」がなくなってしまったから、代理として使うようになった店だったっけ。

 この店の名物でもある天玉せいろ(400円)は、成人男子の握りこぶしに匹敵するほど大きなかきあげが売りだが、ぶっちゃけて言ってしまうと、このかきあげの大部分、ただの衣でしかない。でも妙にツユとの相性もいいし、それに値段は大正義だし、朝までやってるしでこの近辺では人気がある。

 

 ……でも久々にきたら、たかがスタンド蕎麦屋の前で、15人立って待つって人気ありすぎじゃないですか?

 見ると並んでいる半分以上は、外国人の風貌だ。たぶん「一蘭」と同じで、なんかのガイドブックに載ったんだろう。おい!いくらなんでも、こんな汚い屋外の蕎麦屋にまで載せることねーじゃねーか。おまけに店の主人も、どんな外人相手でも「(蕎麦は)冷たいのでいい?あったかいの?」などと日本語を貢き通していたロックぶりだったのに、今じゃ「コールド?オア・ホット?」を使いこなすようになってしまった。なんか進う。俺の知ってる「かめや」じゃない。諸君の知ってる、かめやは死んだ!なぜだ!? いや冗談です。なんか味は変わってなかっだけど、観光地スポットみたいになってて(俺の知ってる頃と大分変わったなあ)つて窮屈な思いをしながら食べた。というか隣の客がデブだったので実際、窮屈だった。追い出されるようにして店を出た。このへんはいつもどおりか。

 

 しかしながら「―茶」の閉店が、もし噂のひとつでもある経営難だったとして、この観光客ブームがもうちょっと長く続いてくれたら「―茶」もまだもってくれてたのかなぁ、惜しかったよなぁ、と今はもうない店を憂う。